第四章 部位別の推拿手法



 人体は異なる部位の軟部組織と骨格構造はそれぞれ異なる特徴がありますから、基本手法は必ずこれらの特徴に適応したものでなくてはなりません。それから、部位あるいは穴位が異なれば刺激を受けたあとの、医療作用は異なるわけです。したがって、推拿の長期医療を実践するに際しては、人体の一定部位を選定したならば、一定の手法を応用して、一定の刺激量を施して、一定の医療作用をもつ特定の手法を選ぶわけです。このような特定の手法を、部位別の手法といいます。多くの関節運動類の手法と少数の基本手法は、部位別の手法という性質を備えており、およそ前章までに紹介しましたので、本章ではあえてくどくど述べません。
 推拿医師の技術水準を評定するに際しては、基本手法をどの程度掌握しているかをみるだけでなく、部位別の手法をどれくらい掌握しているか、その熟練の程度はどうかをもみなくてはなりません。推拿の部位別の手法は非常に豊富であり、同時に不断に発展しています。推拿医師が部位別の手法をたくさん掌握すればするほど、腕前は上達し、そして患者の痛苦をさらにうまく取り除くことができるようになります。
 現在常用されている部位別の手法を、人体の頭頚部、胸腹部、腰背部と上下肢の部位に分別して以下に紹介します。



第一節 頭頚部の推拿手法


一、顔面部の推拿手法


1.推前額
(前額母指軽擦法)
 〔部位〕 印堂穴から前髪際まで一直線に。
 〔操作方法〕 患者は座位あるいは仰臥位、術者は患者の前方あるいは頭の後方に位置します。もし患者の前方に立ったときには、右手の母指腹を用い、他の四指は頭頂前部に固定しておきます。もし患者の頭の後方に座るときには、両手あるいは片手の母指腹を用い、他の四指は頬部に固定します。そうして母指を印堂穴から上に向けて真っ直ぐ前髪際まで推していきます。反復200~500回、頻度は250~360回/分。
 〔適応症〕 前頭痛、頭昏(頭がくらくらする)、鼻塞(鼻づまり)、眼花(眼がかすむ)など。



 2.指腹叩前額
(前額指腹叩打法)
 〔部位〕 前額部。
 〔操作方法〕 患者は仰臥あるいは坐位。術者は患者の斜め後方に座るか立ち、指腹叩打法でまず眉間から前髪際に向けて叩打して、つぎにはそれぞれ左右の眉弓から前髪際に向けて叩打します。一部位について1分間叩打します。多く片手操作を用いますが、両手で交替に操作しても宜しいです。頻度は150~300回/分です。
 〔適応症〕 前頭痛、鼻塞(鼻づまり)、頭脹(頭がはれぼったい)頭昏(頭が脹る、くらくらする)、失眠(不眠)、高血圧、視力模糊(はっきり見えない)。



3.分抹前額
(前額左右同時軽擦法)
 〔部位〕 前額および両方のこめかみ。
 〔操作方法〕 患者は座位あるいは仰臥位。術者は両手の母指を相い対して、母指腹を用い、前額正中の矢状線に沿って同時に両側に向かって軽擦していき、両側も髪際に達したらやや圧力を加える。上下反復して3~5回操作する。
 〔適応症〕 頭昏(頭がくらくらする)、頭痛、目脹(眼がはれぼったい)、視力模糊(はっきり見えない)、感冒など。



4.揉眉弓
(眉弓揉捏法)
 〔部位〕 両眉弓の上縁と下縁。
 〔操作方法〕
 A 患者は仰臥位、術者は両手の食指・中指の指腹を使い、それぞれ左右の眉間から開始し、眉弓の上縁と下縁にそって揉捏していき太陽穴に至って止めます。反復5~10回。
 B.患者は座位あるいは仰臥位、術者は両母指腹を使って、それぞれ眉間から開始して眉弓の上縁を揉捏していき太陽穴に至って止めます。反復3~5回。
 〔適応症〕 頭痛、鼻塞(鼻づまり)、麦粒腫(ものもらい)、近視眼、慢性副鼻腔炎。



5.指顫睛明
(睛明指振せん法)
 〔部位〕 睛明穴(目の内眥の上0.5センチ)。
 〔操作方法〕 患者は座位あるいは仰臥位。術者は患者の後方に位置して、片手の食指中指の二指を分けて両方の睛明穴をおさえて、点穴輸気法(指振せん法)を3~5分間行います。
 〔適応症〕 失眠(不眠)、頭暈(頭がくらくらする)(頭がくらくらする)、高血圧、眼疾。



6.揉睛明
(睛明指腹揉捏法)
 〔部位〕 目の内眥の上0.5センチ。
 〔操作方法〕
 A 図173-1のように、患者は仰臥位で、術者は患者の頭の後方に座り、両手中指あるいは食指の指腹を使って、左右同時に睛明穴の上内方をしっかり揉捏します。20~50回。
 B 図173-2のように、患者は座位、術者は患者の前方に立ち、両手の母指の指腹の橈側で左右の睛明穴の後ろをおさえ、両手の四指は患者の頭の上で交叉しておいて、睛明穴の内上方に向かって母指腹で揉捏していきます。20~50回。
 C 図173-3のように、患者は座位あるいは仰臥位で、術者は撒手一指禅法(四指を開いた挫き手)使って、睛明穴に1~2分間操作します。一般には片手で操作します。撒手一指禅法は必ず熟練して身に付けてからこのツボに応用します。操作する時に母指が眼球に触れたり、指で眼瞼を刺激してはなりません。
 〔適応症〕 頭痛、眼花(眼がかすむ)、目脹(眼がはれぼったい)、目翳(眼のカゲ)、流涙、失眠(不眠)など。



7.抹眼球
(眼球軽擦)
 〔部位〕 目を閉じた時の両眼瞼部。
 〔操作方法〕 患者は座位あるいは仰臥位、術者は両手の母指腹で、左右同時に目の内眥から眼瞼を経て太陽穴まで軽擦して止まります。反複30~50回。手法は軽快で、柔軟でなくてはなりません。眼球に対して圧力を加えるのは禁物です。
 〔適応症〕 目赤、目脹(眼がはれぼったい)、眼花(眼がかすむ)、頭痛、心悸(動悸)、失眠(不眠)。



8.分抹眼窩
(眼窩軽擦)
 〔部位〕 目を閉じた時の眼窩の上縁と下縁。
 〔操作方法〕
 A 患者は仰臥位で、術者は患者の頭の後方に座り、先ず両手の中指あるいは食指の指腹で左右の睛明穴から開始して、眼窩の上縁にそって瞳子髎穴に至りますが、睛明穴、魚腰穴、瞳子髎穴をそれぞれ左右方向に5~10回軽擦します。つぎに両手の母指腹で左右の内眥から開始して、眼窩の下縁に沿って瞳子髎穴に至りますが、目の内眥、四白穴、瞳子髎穴をそれぞれ左右方向に5~10回軽擦します。反復3~5回。
 B 患者は座位、術者は患者の前方に立ち、両手の指腹で、A法と同じように操作します。ただし、眼窩上縁を操作するときには揉睛明B法のように母指腹で操作します。
 〔適応症〕 頭痛、頭昏(頭がくらくらする)、目赤、假性近視、高血圧、顔面麻痺。



9.旋摩窩周
(眼窩外周軽擦)
 〔部位〕 眼窩の外周部、眉弓上縁の額部、太陽穴部および顴骨穴部。
 〔操作方法〕 患者は仰臥位、術者は患者の頭の後方に座り、両方の母指を並列して患者の眉間をおさえ、母指腹および母指球で、眼窩の外周を環を描いて軽擦していきます。両母指で眉間から開始し、左右に分かれて、眉弓上縁の額部、太陽穴、顴骨下縁、攅竹穴ときて元の位置に返ります。反復30~50回。
 〔適応症〕 前頭痛、眩暈(めまい)、目赤、目痛、視力模糊(はっきり見えない)、失眠(不眠)、心悸(動悸)、高血圧。



10.手背叩前額
(前額手背叩打)
 〔部位〕 前額部。
 〔操作方法〕 患者は仰臥位あるいは坐位、術者は患者の側方あるいは前方に位置して、両手を交叉して合掌をつくり、下方の手の手背を着力点(作用点)として、叩打するときに“キュッキュッ”と音を響かせます。反復操作10~20回。
 〔適応症〕 前頭痛、鼻塞(鼻づまり)、頭脹(頭がはれぼったい)、目赤、失眠(不眠)。



11.指振前額
(前額指振せん法)
 〔部位〕 前額の正中線、印堂穴から前髪際まで。
 〔操作方法〕 患者は仰臥位、術者は患者の右側に位置して、左の手掌を軽く弓状にして患者の額部に横たえ、虎口(母指示指間)を下方の印堂穴に向けて、虎ロ(母指示指間)で右手の中指末節を挟み、そして右の手首を高頻度に揺るがして、振動波が左手を通過して前額に伝導するようにします。右手を揺るがしながら同時に、左手は緩慢に前髪際に向けて移動します。反復3~5回。
 〔適応症〕 前頭痛、頭暈(頭がくらくらする)、頭脹(頭がはれぼったい)、失眠(不眠)、鼻塞(鼻づまり)。



12.揉運太陽穴
(太陽穴揉捏)
 〔部位〕 眉の後の陥凹部。
 〔操作方法〕 患者は仰臥位あるいは坐位、術者は患者の側方、後方あるいは前方に位置します。
 A 術者は両手で空拳を握り食指の橈側縁および母指の背側で、左右同時に環の形をつくるように約1分間揉捏します。眼の側に向かって運べば補となり、耳の側に向かって運べば瀉になります。





 B 両手の母指腹あるいは母指球あるいは食・中・無名指の指腹をつけてAと同じように揉捏します。
 C 撒手一指禅法(四指を開いた挫き手)で、片手あるいは両手同時に1~2分間操作します。
〔適応症〕 頭痛、感冒、眼疾、失眠(不眠)。



13.指揉面穴
(顔面穴指揉捏)
 〔部位〕 顔面部の常用穴。
 〔操作方法〕 患者は仰臥位あるいは坐位、術者は患者の頭の後あるいは前方に位置して、両手の母指腹で、顔面部の中央の穴を揉捏するときには片方の母指あるいは両母指を重ねて操作します。操作順序は;印堂→睛明→迎香→人中→地倉→承漿→大迎→頬車→顴髎→下関→聴会→聴宮一耳門→太陽。各穴を按圧したあと数回ごく軽く揉捏します。反復2回。
 〔適応症〕 頭痛、耳鳴、歯痛、顔面麻痺、鼻塞(鼻づまり)、眼疾など。



14.振耳
(耳介振せん)
 〔部位〕 耳介部。
 〔操作方法〕 患者は仰臥位あるいは坐位、術者は患者の後方あるいは前方に位置する。

 A 図181-1のように、両方の手根部で左右の耳孔をふさぐかあるいは耳介を後から前に倒して耳孔をふさぎ、そしてリズミカルに軽快に30秒間おさえてふるわして、耳孔内にある空気をブンブンと音をさせながら外に出します。反復2~3回。



 B 図181-2のように、両手の母指あるいは食指の指腹で、左右の耳珠を後ろにおし倒して耳孔をふさぎ、そしてリズミカルに軽快に30秒間揉捏します。あるいは一指禅法(≒挫き手)1分間行います。2回繰り返します。








 C 図181~3のように、両手の食指あるいは中指で左右の耳孔に入れてふさぎ、その強さは適宜とし、そして1~3分間振せん法をおこないます。耳孔の内に雷鳴のような響き起こさせます。
 以上の手法をもし患側にだけ用いるときには、健側の耳孔に置いた手は振動させませんが、患側の共鳴を助けることができます。

 〔適応症〕 耳鳴、耳聾、顔面麻痺、失眠(不眠)、慢性中耳炎など。



15.揉鼻翼
(鼻翼揉捏)
 〔部位〕 両鼻翼根部。
 〔操作方法〕 患者は仰臥位あるいは坐位、術者は患者の頭の後あるいは前側方位置して、片手の母指と食指あるいは食指と中指あるいは両手の母指で鼻翼根部を按圧し、リズミカルに20~30回揉捏します。操作するときには“キシキシ”と音が出ると宜しい。もし片方だけを揉捏するのであれば、ひとつの指で操作します。
 〔適応症〕 鼻塞(鼻づまり)、慢性鼻炎、流涙、感冒、上歯痛など。


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